ほっとハート 心の健康づくり推進会

スタッフ♡ブログ

ほっとハートスタッフによるブログです。

「ふぅーと力を抜いたひととき(ゆるゆる)」の大切さ

震災から3ヶ月が過ぎましたが、なかなか落ち着きませんね。それでも復興については少しずつでも変化が目に見えますが、原発については目に見えないだけに不安がずっと続いています。1日も早くいつもの生活が戻り、不安な状態が和らいでほしいと思います。

私が参加しているねぶた祭りのお囃子チームは、今年、桜新町と中延商店街のねぶた祭りに出る予定です。中延商店街は隔年の開催で今年は開催しない年だったのですが、商店街の方々が東北をなんとか応援したいと、今年も開催することになりました。桜新町は9月10日、中延商店街は9月17日に開催予定です。ご興味のある方は是非、見に来てください。

今日は、中学校の相談室で心理相談員として4年目になる私が最近感じていることを紹介してみたいと思います。

相談室で私が大切にしてきたことが3つあります。

1つは、子どもたちの力を信じること

2つは、一緒に考えること

3つは、ふぅーと力を抜いたひととき(ゆるゆる)と安心できる場所

学校の先生方の中には私のやり方は甘やかしているように感じている方もいらっしゃいます。

私も初めは「甘え」との違いで、悩んだときもありました。でも、この「ふぅーと力を抜いたひととき(ゆるゆる)」って、とても大切なことだと最近特に感じています。

授業の合間の10分の休み時間や昼休み、放課後に相談室にきて遊んだり、最近のことを報告してきたり、「疲れたー」といいながら入ってきたり、少ない時間でもふぅーと力を抜いたひととき(ゆるゆる)の中でリラックスして、次の授業に頑張れたり、明日も来ようと思えたり、遊んでいるうちに大切な仲間ができたり、そんな生徒がたくさんいます。

昨年、うつ状態で学校を休みがちになり、昼食も食べられず、授業にもほとんど出ることができず、半年近く相談室登校していた生徒がいました。一緒にゆっくり過ごす中で、いろんな話をし、少しずつ食欲もでてきて完食するようになりました。進級し、今は自分のペースで休み時間や放課後に来て上手くバランスをとりながら復帰しています。

振り返るとあっという間に3年が過ぎ、いろんな子どもたちと関わってきたなぁと思います。関わった子どもたち一人一人の成長をみてきて、ふぅーと力を抜いたひととき(ゆるゆる)を大切にしてきて良かったんだなぁと、なんか自信を感じているこの頃です。

今では相談室に入りきれないくらいの生徒が休み時間になると、争うように押し寄せてきて、ゆっくり一人一人と向き合える時間がなかなかとれないのが、悩みでもあり、嬉しいことでもあります。

今日は最近、私が感じていることを紹介してみました。また、相談室のようすなど、ご紹介していきたいと思います。

テーマ:感じていること   2011/06/11   西櫻

心の健康も呼吸から!

いきなり宣伝ですが、6月18日(土)にリラクセーション講座を開催します。

私はもともとのんびり屋で、端から見れば始終リラックスモードのように見えそうなくらいですから、実はリラクセーション法は自分にはあまり関係ないかなぁ、なんて思っていました。

それでも、緊張しているクライアントやストレス軽減にも役立つなら...と軽い気持ちで始めて見ると、実はとても即効力がある上に奥が深い世界だということがわかってきました。

特に「呼吸」の威力は侮れません。普段はあまり意識していない「呼吸」ですが、ゆっくりと息を吐いて吸うだけで体中の細胞が活性化し、リフレッシュし、緊張も和らぎ、さらに脳の働きも良くなるのです。

呼吸法は合気道や太極拳のような武術の世界でも、瞑想やヨガの世界でも重要とされています。からだの健康だけではなくこころの健康にも呼吸法は役立ちます。

3.11の震災後、余震などで不安になっていた方がたくさんいらっしゃったと思います。
私の友人でも不安を訴えていた人たちがいましたので
「騙されたと思ってやってみて」
とごく簡単な呼吸法を教えてあげたら不安が軽減したとのことでした。

講座では呼吸法の他にも難しくなくて誰でも場所もとらず気軽にできるリラクセーションの方法をご紹介します。普段の生活にもきっと役立ちますので是非ご参加ください。

テーマ:お知らせ   2011/06/04   永野

フィッシャーキング

今回ブログを担当します阿部です。よろしくお願いします。

私はこれまで感銘を受けたり、影響を受けたりした映画や本などを紹介していきたいと思います。

 

東日本大震災の発生から2ヶ月以上が経ちました。

直接被害は比較的少なかった東京でもこの2ヶ月あまり、いろいろな影響がありました。

私自身もいろいろなことを考えました。

その中でふと思い出した映画がありました。今回はその映画をご紹介しようと思います。

テリー・ギリアム監督の『フィッシャーキング』1991年の作品です。

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過激な毒舌で人気のラジオDJジャック(ジェフ・ブリッジス)。

ある日、ラジオ番組での彼の不用意な発言に触発された男性が、銃乱射事件を起こしてしまいます。

その事件によって職を失ったジャックは自堕落な毎日を過ごしていました。

ある夜、酒に酔って町をさまよっていたジャックは、暴漢に襲われてしまいます。

あわや、というところでパリーと名乗るホームレス(ロビン・ウィリアムス)に助けられ、

彼が暮らすボロアパートのボイラー室で一夜を過ごします。

翌朝、アパートの管理人からパリーが件の銃乱射事件の被害者であることを聞いたジャックは、

罪の意識からパリーの力になりたいと思うようになります。

 

ジャックは罪の意識を感じるものの、できることなら罪の意識から逃れたいと思っています。

そんな利己的な贖罪意識から、何かとパリーの世話を焼くようになります。

はじめはジャックの親切を喜ぶパリーですが、ジャックが良かれと思った行動が、

パリーの予想外の反応を引き出してしまいます。

利己的な贖罪意識からの善意だったものの、パリーの新たな幸せにつながると思った矢先、

その善意が裏目に出てしまう結果になります。

どん底の状態に逆戻りしてしまったパリーのため、ジャックは起死回生のある行動に出るのですが…。

 

傷ついた人を元気付けたい、何かしてあげたい、それは善意から出た思いでも、

それが本当にその人のためになるのか?余計なお世話となって結果的にその人を余計に苦しめる結果になりはしないか?いろいろと考えさせられます。

まして、全てを失い人生がひっくり返るほどの絶望の最中にいる人にとって、第三者ができる事が果たしてどのくらいあるのでしょうか。

絶望の最中にある人が再び立ち上がろうとするためには想像を絶するエネルギーが必要になると思います。

そして、そのエネルギーが満ちるまでの時間もまた必要になると思います。

一見無為に思えるその時間こそが傷を癒してくれる唯一の方法かもしれません。

しかし、それでも世の中は休まず動き続け、命がある限り人生は続いていきます。

 

第三者ができることは、余計なお世話にならない程度のサポートを焦らず根気よく続けていくことなのだと思います。

それを実行するには、もし自分がその立場だったら?という共感の気持ちが欠かせないと思います。

震災のニュースを見るたび、そのようなことをいろいろと考え、

この映画のことを思い出したのです。

震災のニュースを見る度、何かと悲観的になりがちでしたが、この映画を観ると、

「人生そう捨てたものじゃないのかもしれない」という気分にさせてくれました。

そんな少しほっとするラストです。

 

また、この映画の登場人物は皆ひとクセもふたクセもある人ばかりで、

カウンセラー目線で彼らの内面やパーソナリティについて考えるのも楽しいと思います。

 

ではまた私の心に残る作品を紹介したいと思います。

テーマ:映画   2011/05/27   阿部

東北の春

5月14日土曜日。震災後はじめて東北新幹線に乗車して岩手に向かいました。

私の故郷は岩手県の中南部にある北上市です。

4カ月前から入院している母を見舞うための帰省が、やっと叶いました。

東京駅を出発し、大宮、宇都宮、郡山、福島、仙台、栗駒高原、一関、水沢江刺、そして北上。

新幹線の車窓からは、田植えをする農家の人の姿や、新緑が美しい山並が見えました。それは意外なほどうららかな、懐かしい東北の春の風景でした。

東北新幹線は、内陸部を北上して青森に通じています。ですので、今回大きな被害を受けた沿岸部からはずっと離れて走っています。

 

それでも、窓外にじっと目を凝らしていると、崩れた瓦屋根がそのままになっている家をたくさん見つけました。また、仙台駅の手前では、架線あとの広い土地に被災者用であろう仮設住宅が建設されていました。

東側の空のその下には、大津波が襲ったあの海岸の町々があるのだ。そう思うと胸がギュッと締め付けられました。

 

岩手県北上市は、内陸部ということで沿岸部ほど甚大な被害は受けませんでした。

私の母は、地震前も後もずっと病院に居りましたので、停電や出水制限も比較的早い時期に改善されました。無事であるという知らせは受けていましたが、それでも心配でした。

病室で母の姿をじかに見て、やっと安心することが出来ました。

 

北上市の隣の花巻市には温泉がたくさんあり、その一つに大沢温泉という老舗旅館があります。父の友人が営んでいた宿で、私達家族は昔からよくそこに出掛けていました。

母の見舞いの後、久しぶりにその大沢温泉を訪れると、そこで思いがけず被災地から避難している方にお会いしました。大沢温泉の自炊部は、沿岸の町・大槌町の避難所になっていたのです。

 

温泉の休憩所で、一人のおばあさんが私に話しかけて来ました。

その方は、大槌町でずっと種苗店を営んでおられたそうですが、店も家も今回の津波で流されてしまったそうです。それでもたった一人の家族である息子さんは無事だったそうで、「幸運だった」と話してくださいました。

 

「私なんかはしんどくないほうなんだべなぁ…。温泉さ避難さしてもらって、お湯は自由に使えるし、食事だって出してもらえるし。んだども、もう2カ月だべ。知らねえ人と相部屋で、気が合わねえ人だって混じっているし。私は年寄りだから朝が早えんだ。でも、朝早く起きると嫌な顔されたりなぁ…」

初めは明るく話してくれていたおばあさんでしたが、だんだん声が沈んできて、私はただただ頷いて話を聴くことしか出来ませんでした。

 

のどかな田園風景、新緑の山並み、清流の清らかな川音、鶯のさえずり…。東北の春は今が一番の盛りです。一方で、その地には、地震によって人生を大きく狂わされ、大変辛い思いをしている人々が沢山いる。

自然の恵み豊かなこの故郷で、皆が平穏に暮らせる日が早く戻って欲しい。

様々な事を感じた、短い帰省の旅でした。

テーマ:よもやま話   2011/05/19   片岡

めぐる季節

東北大震災から2ヶ月が経ちました。

被災地の皆様のニュースを見聞きするたび、長い復興の道のりを考えて、身の引き締まる思いがしています。

関東近辺では、一見平穏な毎日が戻ったように見受けられますが、

「あの日から、確かに何かが変わった・・・」

という方が多いですね。
私も、その1人です。
当たり前と思っていた日常の危うさというものを考えずにはいられません。

私の、中高時代、大好きだった古文の先生が、折々、色紙に

「年年歳歳 花相似たり、 歳歳年年 人同じからず」 (代悲白頭翁 劉希夷) 

と書いておられました。

「植物は毎年同じように若々しい花をつけるが、人は年毎に変わり、年老いていく」

というこの句が、今年は、全然違う意味合いで胸に響きます。

5月は薔薇の季節。
我が家の薔薇も元気に咲きそろってきました。

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今まで、めぐる季節の中で変わりなく咲き誇る花にふれることのできた喜びを、こんなにも痛切に感じたことはありませんでした。

 

ありがたいな~と、しみじみ思います。

年齢的には「同じからず」に違いないけれど、この季節に同じように出会う自分がいる・・・というのは、実は奇跡に近いのですよね~!

無理はせず、でもポジティブに、自分らしい毎日を重ねていくこと。
今ある自分に感謝して生きること。
薔薇に癒されながら、そんな事の大切さを、かみしめています。

あなたの5月はいかがですか?     

テーマ:よもやま話   2011/05/11   石田